サイトトップおもちゃ箱>エルファリア発売24周年記念 エルノベミニ日跨ぎライブ2019「もうひとつの貌」






エルノベミニライブ2019
「もうひとつの貌」






 獅子の年風の月、西の最果てロマから旅立ったパイン達四人は隣村ワースを魔物の手から解放して、次のダムス村へ向かう準備をしていた。
「王様に言われたハンブ村ってスンガ町の先でしょ? 結構遠いわよね」
「この先もこうして戦っていかねばならんとすると、簡単な道程ではなかろうなぁ」
 孫と祖父のやりとりの横で、居候の少年が首を傾げている。
「どう言えば受け取ってもらえるかな……」
「どうしたの、パイン」
「いや、この剣なんだけど」
 そう言って示したのは、ワース解放の折にカナーナ王から下賜された“ミストブレード”という銘のある剣だった。
「王様から貰った剣じゃない。そのまま使うんじゃないの?」
「いや、これはそのままだと対魔物との戦いには向かないし、かといってメルドの土台にする剣にはできないから、他の剣と同じようにメルドの剣を強化する材料にするしかないんだよ」
「えー、もったいなくない? 結構きれいな装飾なのに」
「まあ、何ていうか、こういう事で見た目はあんまり考慮してくれないからね……」
「それで、渡そうとしとるのはジーン殿にかの」
 はい、とパインは頷く。
「僕も見るのは初めてなんですけど、材料物の中には個性の強いものもあって、誰かひとりにだけ強く作用するものもあるんです。それがこの剣で、僕よりもジーンさんに向いているようなので、できればメルドをお願いしたいんですけど……」
 ラゼルが装飾を誉めたように、ミストブレードにはカナーナ国の紋章まで入っている。
 メルドをしてしまうとその材料物はエネルギー化され、メルドの土台の剣にある珠にそのエネルギーが収められ元の形はなくなってしまうため、近衛兵のジーンには抵抗が強いのではないかと予想するのは容易な事だった。頼み方を間違えると固辞されかねない懸念すらある。
 かといって、ずっと持っておくには役に立つような物でもないので扱いは難しい。そこらにある材料物よりも今は強力な効果が見込まれるだけあって、効率的に考えてもジーンにメルドしてもらうのが最善なのだ。
「んー、じゃあ王様にお願いする?」
「命令してもらえればそれは早いだろうけど、僕らが直接王様に掛け合うわけにはいかないよ」
 それこそジーンを介してもらうのが一番早いが、自身が断りそうな話を主君へ掛け合わせるというのは、今度はこちらの方が抵抗を感じてしまう。
 そのジーンはカナーナ王の警護をこの地域で信頼できる人間に託そうと話を通している最中で、この場にはいない。
「どうしたものかなぁ……」
 打倒帝国に際してこんな悩みが発生するとは予測できず、学者の卵は頭を抱えるしかなかった。



          *


 夕刻近くになってジーンが戻ってくると、剣士ふたりによる剣の稽古が始まった。ワースでの戦いは何とかなったが、隙が大きすぎる大上段で降り下ろすわ、すんでのところでフォローが間に合っただけで頭部に対する警戒がまるでなってないとか、パインの剣の扱いに関しては矯正が必要なためだ。
 魔物を相手にする時とは違い、メルド用ではない剣では田舎の少年が近衛兵に対応できるはずがなく、手加減されてですら技術で圧倒されてしまう。
 それでも、と休みを入れた時にジーンは述懐したものだった。
「今はこうなっていますけど、すぐに逆転しますよ。ひとつ教えたら格段に良くなる上に、元々の良さが掛け合わさっていっていますから」
 涼しく言い放つジーンの横では、さんざんにあしらわれたパインが地べたに伸びていた。この状態でそんな事を言われても嫌味にしか聞こえないだろう。
 聞き役たるウッパラーに向けて、ジーンが続ける。
「村の解放の時、後ろからご覧になっていて、わたしとパインさんの動きにそこまで差がなかったと思いませんでしたか?」
「確かに、今ほどではなかったのぅ。こう言っては何だが、同じようなメルドを施した剣なのに、ジーン殿もパインもだいたい同じように魔物を追いつめていたように見えとった」
 水をかぶせようかどうか迷うラゼルにパインが伸びたまま勘弁してくれと手を振るのを横目に、話は続く。
「今の稽古のような動きも必要ではあるでしょうけど、帝国の魔物が相手とあれば、勘を掴むのはパインさんの方が早いかもしれないと思えているんですよ。早い段階でわたしが補佐に回るようになってもおかしくないでしょう」
 ウッパラーが眉間に皺を寄せる。
「それは随分と……いやしかし、近衛の方がそこまで言われんでも」
「いえ、今回の事で今まで積んできた経験だけを拠り所にするのは危険だとわかった以上、そういった要素はこれからは役に立たないくらいに思わねばこの先で足を引っ張ってしまいますから。もちろん、こうした稽古は修練になるので必要な限りは協力させていただきますが」
 なら、ミストブレードの話を切り出しても大丈夫のかもしれない。
 ……とは思ったが、今のパインはただただ突っ伏している事しかできなかった。



   *


 翌朝、次の戦いに向けて物資の準備をするさなか、パインが件の下賜品について切り出した。
「王様から貰った剣なんですが、ジーンさんの剣にメルドしてもらいたいんです」
 瞬きほどの時間を空けてから、ジーンが口を開いた。
「そうした使い道が最良だと判断されたんですね?」
「そうですね、おそらくは高名な鍛冶師の作だとは思うんですが……」
 申し訳なさそうな声音で返すパインに、ジーンはそれは確かにそうですがと前置きしてから、



 カナーナ湖の滝の東岸に庵を構える鍛冶師が居まして確かに王室に過去幾振りも献上されていたはずですカナーナ国内で炭の材料にされているのは東ではフォレスチナ国境付近の林で中央部はアバの森のもの西部ではガルの山の麓の木材が主要な流れですがかの鍛冶師が扱うものは滝周辺のしかも東岸のものだけに限定していたはずです国内随一の一門に競争意識を持っていますから彼らがまず扱わないものを選んで尚且つ高い評価を得ようとしていたのでしょう実際に献上品としての質は高くこの剣にも見られるように剣としての出来映えで多くの剣士に垂涎の的として見られる上で刃と鍔・柄・鞘のテーマを合一させる見事なものではあります。

 ロマで助けを求めてこの方、ジーンの礼儀正しい姿しか見ていなかったパインはのけぞる思いで対峙するしかなかった。長口上の後半辺りからはもはや話をまともに聞く事は諦めている。
 まさかまだ続くんじゃないだろうなという懸念はしかし、幸いにも当たらずに済んだ。
 そこまでひと息に言ってから、しかしカナーナの近衛兵は首を傾げる。
「おそらく“浄化”が施されているはずなんですよ」
「……浄化?」
 やっとの事で反応するパインに、ええ、とジーンが頷く。
「献上品の武具は王家の持ち物になってから聖地の神殿で浄化を行うのですが、鍛鉄までにおける全てをあの場所で行っているのが問題があるようで、かの鍛冶師の作はその儀式を経てしまうとそれまで持っていた剣の出来映えが著しく下がって、簡単に言えば『少し良いだけの剣』になってしまうんです」
 言われてみれば、ジーンはこの剣に関して最初から引っかかりを感じさせるような言い方をしていた。
 そんな曰くつきの品であれば、たとえ下賜品でも多少醒めた思いになるのは否めない。
「そうとなると、ジーンさんにお願いするのは申し訳ないですね……」
「大丈夫ですよ、むしろ浄化されていない状態でない方が怖いですから」
 どうやら過去に何かあったのは間違いない雲行きである。
 また気分の良くない方向にならないように、パインは苦し紛れにこんな事を言ってしまった。
「でも、ジーンさんは剣に関して詳しいんですね」
「いえいえ、わたしなんてまだまだですが――」

 その後、剣に始まり隣国フォレスチナが本場の槍や斧、古文書から得た知識の披露、ごく稀に勧められた時に取る休暇の使い道に必ずスンガの図書館籠もりが混ざっていて(未知の武具を知るためらしい)ともかく武具を見るのが好きなのが高じてしまって、今では数はまだまだながらもコレクションを始めてしまったという話を一時間ほど延々と聞かされる羽目になったのだった。




(EL1 26thSS end)





 (あとがき)

 18/12/29くらいに降ってきた話が、ムーラニアのクーデター前後の時期に関するウッパラーの話(ムーラニアの魔法大学がシーラル台頭で不穏な扱いにされている噂がレイに届いた時とか、実際にムーラニア侵攻に際してトートの元を離れてギアでパインを託される+αくらいのくだり。パインが『家族同然の』と付かずに『居候』と表記されたのはこの名残りでもあります)だったのですが、例によってそんなんが当日までに間に合うわけがないだろうということになって、いざ当日座ってみて出てきたのがミストブレードの話。
 水パーティしか共通点ないじゃないかっていうか、一昨年もジーンの話だったろうが。まあ水と土は無難に書きやすいんだろうな。

 ジーンの趣味が武具コレクションだというのでそこに結びつけたのですが、当然ながらミストブレードに関する話はまるっきりの捏造です。おそらくは最初の専用アイテムとしてプレイヤーに馴染ませるために出てきたミストブレードなんですが、ジーンの専用アイテムはこれっきりで、しかもその威力が最低ランクに毛が生えた程度なのに不憫さを感じたから書こうって気になったんでしょうね(その割には扱いが散々ですが)。
 この選抜は当日に凄い縛りプレイのRTAをやった人のせいでしょう。なんであの条件でゾーラ撃破できるんだ。

 今回は体調を始めとしたトータル的な要因で当日のみでは書き終わらず、3日後に後半を書くという色んな意味でやらかした末の短い話になりました。
 いざ書き始めたら予想よりもつらつら出てきたのは収穫にせよ、ちょっと思うところは出てきてますね。



 さて、これまで書いた記念日系SSは覚えている限りで、

(11th ifふたつの滅びの結末:サイト未掲載)
19th 「ギスト図書館の博士による独白」(本と冒頭デモの関係)
(20thは同人誌4冊出したのでそれが代わり)
23th 「vs」(イラナさん腕相撲スペシャル)
24th 「王佐の剣」(ジーン・しじまのひととき)
(25thはtwitterでひたすら空回り。別館に画像倉庫作る予定がずっと延び延び中)

 で、今回ですね。旅の道連れとなる近衛兵士は実直で礼儀正しい人ではあるけど、それだけじゃなかったという話でした。






サイトトップおもちゃ箱>エルファリア発売26周年記念 エルノベ日跨ぎミニライブ2019「もうひとつの貌」