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エルノベライブ2016
「vs」




 半壊したザザ寺院が夕焼けに染まろうとする中、ある男の胴間声が響き渡った。
「賭けた賭けた、勝った方で今日の獲物総取りだぜ!」
 声の主は灰色の僧衣をまとい、前腕がほぼ見えるほど腕まくりをしている。この見かけと言動で僧侶だと名乗られ、しかも16人の勇者の主立った人物のひとりだと言われてしまったら事情を知らぬ者は困惑するしかない。だが、事実だった。
 灰色の僧侶――カーラモンの近くにはふたりの人影。
 片や癖のある金髪を長く伸ばした少年、片やその少年よりも背の高く筋肉質なしかし曲線を含む肢体を惜しげもなく晒す女性。
「えーと……賭けにされるの? これ」
「仕方ないね、カーラモンはこーいうしょうもない事が好きだからさ」
 少年・パインは16人の代表者、女性・イラナはカーラモンの仲間として今までの戦いを潜り抜けている。
 本来であれば接点はあまりないのだが、このふたりの間には低い台が設けられ、これからひと勝負をすることになっている。
 その勝負とは――腕相撲だった。



 事の発端は、イラナがこの一行の中でどれだけ強いのかと素朴な疑問が発せられた事だった。
 女だてらに斧を振るい、16人の中で飛びぬけた巨体を誇るゼクの相棒を問題なく務めている。
 同じ女性の前衛としては女騎士・ジェニスが挙げられるが、俊敏さを絡めた勝負ならまだわからないが純粋に腕力を競うとなると自分では全く歯が立たないと断言している。
 ならば男性前衛と比べたらどうなるかという話になった。
 相棒たるゼクはどの男性も敵わないほどの腕自慢であり、較べるのが間違っている。
 次にいかにも腕っ節のありそうな人間は騎士アルディスになるが、こちらもイラナが対するには厳しいだろうと除外。
 さて残りはと見回すと逆の意味で真っ先に辞退したのが元盗賊のワイル。何やら風向きが怪しくなったのを真っ先に察知し、イラナの不戦勝でいいと言い切った(この発言が逆に何かを閃かせたとも言える)。
 じゃあここから始めるか、と最初にイラナの対戦相手として指名されたのはカナーナの兵士・ジーンだった。



 勝負とは言っても、斧や剣といった普段用いている得物を使うわけではない。
 となれば、道具もなしに腕力勝負をするには腕相撲こそが妥当だろう。
 もちろんこの事態に大いに戸惑ったのはジーンの方だった。
 彼の中で魔物以外の女性と力で競う事は想定のどこにもない。普通の女性などというものを大きく飛び越える実力のイラナが相手であっても、調子が狂うのは必然ですらあった。
 対するイラナはまあ余興だしと肩の力を抜いて自然体でジーンの手を待ち構え――開始の声とほぼ同時に現役兵士の腕を倒して勝敗を決めてしまった。瞬殺である。
 さすがにこれは勢いをつけたくないと感じたのか、それともその外見に見合わず血が騒いだのか、元フォレスチナ騎士の長髪剣士・トリアスが次の相手として名乗り出た。
 疲れの全くないイラナは了承し、すぐさま第二戦が始まった。
 何らかの違いがあったのか、第一戦とは違って若干の膠着は生まれたものの、最終的にはイラナの腕が上になって倒れた。唸るような響きも含む歓声と、ザザ寺院の避難者の中で生まれつつあったトリアスファンクラブの女性達の悲鳴が立て続けに上がる。
 こうなると、今まで名前が挙がっていなかった残りひとりの前衛に注目が集まった。
 それがパインである。



 賭けの対象は今日の昼間に狩りで得た全ての肉。まともな拠点を持たない16人はもちろん、半壊の寺院を仮の住処にしている人々にも垂涎の的である。
 一方で、賭けになった途端、首を横に振った面々がいた。
「俺が賭けた方は間違いなく負けるだろうからな。遠慮する」
 赤の騎士・アルディスが嘆息するのに彼の仲間三人は重く頷かざるを得ない。自分達が主となった戦では運に見放されている事が多いと自覚しているからだ。
「僕は気にしないけど」
「あたいもだね」
 勝負する両者がそう言っても、アルディス達は意見を覆しはしなかった。
 運を引き合いに出せば16人の中で特に「持っている」のが雷使い・ガウドと16人の主軸のひとりである風使い・シーナだった。
 ガウドはイラナにつき、解放戦線に属していたシーナは自国の王子たるパインにつく。実力の見極めがどうというより、もはや贔屓目だった。
 しかし運に関していえばもうひとり別のアプローチから飛びぬけた人物がいた。
「あたしは、もちろんパインに賭けるわ!」
 パインの幼馴染にして僧侶の魔法を心得ているラゼルの決断には迷う要素がなかった。ここでは魔法の出番がないとはいえ、運を上げて魔法防御に役立てるなどという魔法の唯一の使い手となれば、もちろん縁起がいいに決まってる。
「実際に賭けないとしても、お前らの目にはどう見えるのか気になってる奴らもいるんだがな」
 動こうとしないアルディスやジェニスに言ってのけたのは、先ほど蹴散らされたトリアスである。こうした言い方になるのは、現役騎士ふたりの前衛の実力を測る品評眼を疑っていないからだ。
 実際には賭けない、という前提を念押ししてアルディスとジェニスが指差したのはそれぞれ違う人物だった。アルディスはパイン、ジェニスはイラナである。
 意見が割れた理由はすぐに知れた。
「結局は、自分が強く意識している方に傾いたというわけか」
「みたいね」
 アルディスは同じリーダー格を持つパインに、ジェニスは同じ女性前衛のイラナに。普段からの注目からして自分の関心が影響するのは仕方ないのない事である。
 と、ジェニスが付け加える。
「この間、イラナが見かねて瓦礫を退けていたわたしを手伝ってくれたのよ。結構苦戦してた物を事なげもなく片付けていってたりしたから……」
 フォレスチナで仲間として加わった頃は騎士と山賊まがいの平民ということで、直接ではないにしろ歩調を合わせづらい空気はあった。だが、この頃ともなれば世界崩壊を間近にして時間を遡り、更に日数制限のある戦いを潜り抜けて共闘の日々が続いているから、近寄りがたいなどと言っている場合ではなくなっている。
「もしかしたら、イラナって結構強いのかもな……これは迷う」
「あまりこうした事に細かい要素は入れたくないが、勝負事の姿勢で決まるかもしれんぞ」
 思案するトリアスにアルディスが言い、とりあえず我関せずとばかりにその場に座る。ジェニスを始めとする仲間達も自分のリーダーに従う。
 こうした自主棄権の面々も他に出たは出たが、現状の世界の主を名乗るゾーラに敵対している以上娯楽の要素があれば飛びつくのは無理もなく、大半の人間が金髪の王子か出るとこ出まくった大柄の女戦士に賭けることとなった。



 今回の審判に駆り出されたのは聖獣グリフの王子・パピ。16人の勇者のひとりであり、これから対戦する両者とほぼほぼ均等な距離があるため中立者の扱いになっている。
「では手を出して組むグリグリ」
 グリフ特有の語尾と共に促されて、パインとイラナは右手を差し出し、左手は台の縁を握る。
 ふたりの右手の上にパピが大きくふっくらふわふわの手を重ね、周囲に静寂が訪れるのを待ってから、
「始めグリっ!」
 グリフの王子が手を放すと、16歳の少年と19歳の女戦士の手に力が籠もった。外気に晒された腕は血管が浮き立っている。
 イラナにはこれまでの連戦において疲れなどほとんどない。対するパインは初戦、条件はおおよそ変わらない。
 イラナはこれまでと同じように顔色は変わらない。パインも同じようなものではあったが、全力をかけているにもかかわらず全くの均衡を保つこの状況は驚きに値した。今まで共に戦う仲間の一員として認識していたとはいえ、今回のように力量を測る機会はほとんどなかった。もっと言えば、魔物を相手にする特殊な技法・メルドを施した武器を使って戦っているのだからその必要性は更に薄かった。だから、力量に関しては予想の要素がどうしても大きくなる。そして、その予想よりもイラナは強い。
 互角の戦い――見た目がそうである以上、パインの胸の内でもこの事実は認めざるを得ない。
 対するイラナはこういうものかと全力ではあるが、涼しい顔だった。潜水で漁をこなすこともあっただけに、自分をありのままで試すのは慣れたものだったのだ。
 純粋な力勝負であれば互角――ならば、何が勝負の決め手になるのか。普段の戦闘で重要となる機敏さはまず無視される。ならば、耐久力かもしくは天運か。
 大方の者が第一線の戦士の要素を考えたのに対し、実際はもっと違うものが勝負の分かれ目となった。
 ふっ、と一方の険しい気配が消えたのと同時に、ぱたん、などと気の抜けた音でもしそうな風情でイラナの腕がパインの力に押し負けていた。
「え?」
 唐突の結末にパインが目を丸くするも、イラナは平然としたものだった。
「ごめん、なんか集中力っていうの? そんなのが切れちゃってさー」
 これには主にイラナに賭けた面々から苦情が出てくる。
 しかし、イラナの泰然っぷりがぶれることはない。
「だって、何でこんなことしてんだろうって思い始めたら、カーラモンが美味い晩飯食いたいからってわかって、ちょっとバカバカしくなっちゃったからさ。あと、思うんだけど、あたいはどっちにも賭けてないんだよね。余計やる気なくなったかなって」
 なし崩し的に賭けの主役は自分に勝つ方に入れるものだと思われているが、そんな事はないとすら言ってくれてしまった。
「まーでも約束は約束だし、あたいはこれから自分の食い扶持狩ってこようかな。ゼク、あたいに賭けたんだとしたら一緒に行ける?」
 相棒の呼びかけに黒い長髪の飛びぬけた巨漢は静かに頷いた。正確には賭けの参加は表明していないのだが、元より細かい事は気にしない性質(たち)である。食べ物が無ければ見つけてくればいいし、この人達にはその力があった。
「あ、待て待ておれも行くぜ! ったく、責任取らねえとな!」
「儂もついて行くかの。じきに暗くなることだし」
 カーラモンとガウドが後を追って寺院の外に消えると、残された面々はどうしたものかと顔を見合わせた。
 彼らの脇には勝利者に賭けた者へ与えられた大量の食材がある。先に食べるのは彼らが得た当然の権利だったが、どうにもその行動に移るには抵抗がある。
「多分……今日は大猟ですよね」
 ぽつりと呟いたのは、アルディス達と共に座っていた元巫女・ファーミアだった。
 元々は全員で少しずつ分け合ってもどうにか足りた、今日の肉要素。そこへ山や林はお手の物である元山賊衆が狩りへ行った。おそらく彼らは失敗などしないだろう。
 空を眺め、今宵も星空が蔭ることはないと確信した宮廷魔法使い・アーバルスが言い添える。
「今から手のかかる品を用意しておくと準備は良いのではないかな」
 この言葉に一行の料理番を自負するラゼルがすぐに反応した。
「そうね、今夜はご馳走になるわね!」
 早速準備に取り掛かるラゼルに幾人もの女性が続いていった。
「おそらく狩りがしくじることはなかろうが、援護できる者は行ったらどうかの」
 これまで静観を決め込んでいたロマの研究者・ウッパラーが言葉を発するや、体を動かす方に覚えがある人間が幾人もイラナ達を追っていった。
 狩りにも料理にも参加しないウッパラーやアーバルス、シーナ達が――奇しくも16人のうちの魔法使いが三人も揃って――向かったのは今やザザ寺院の屋上となった場所でこんこんと湧き続けるラの泉の前である。
 ラの泉の前で祈りを捧げれば、傷は癒える。祈る者の数やその者の持つ力が大きくなれば多少遠くの者にも、祈りを通じて癒しの力は届く。
 今、ザザのラの泉の前にいる者達は、陽が沈みかけている森へ向かった人間のために祈っていた。
 時に勇猛、時に思慮を持ちながら、こうして仕方がないと言いつつ危険を承知で冷静に考えれば実はやらなくてもいい事に乗り出していく。
 そんな愛嬌のある馬鹿馬鹿しい彼らに祈りを。
「ラの祝福がありますように」



  - end -

2016.01.03.エルファリア発売23周年の日






(あとがき / ネタばらし)

 エルファリア23周年、何をやろうかと思い真っ先に浮かんできたのがイラナをメインにする事でした。23という数字からイラナの存在を導き出すには、パーティリスト「2」番目+「3」つ目のパーティとわざわざ遠回りに導き出しているのです。連想通り越して、単なる思いつき。ああもう素直じゃねえ。

 で、イラナをメインにして何をやろうかということになり、ひとまず他の15人と絡ませてみたらどうかとネタをリストアップ(イラナ単独の話も)。
 正月なのに仕事入れてる身で期限2日前、16本挙げたところで難しいとはわかっちゃいましたが。



1・パイン
:腕相撲「vs」
 結果的にこれが採用となりましたが、元々は16本のうちのひとつだったので、元々は単純にイラナとパインの対決だけでした。


2・ウッパラー
:お互いの格好について
 ビキニアーマーと褌、ツッコミどころは山のように。


3・ラゼル
:魚料理っていいよね&片付け
 潜水で漁をするイラナが口火を切った魚料理談義。一番普及しているのはやはりカナーナ、フォレスチナではマイナー、エルファリア以東では論外らしいけど、実際に食べておいしいよねと盛り上がる。けど、後片付けは憂鬱とラゼルは語る。


4・ジーン
:真似できないけど備える事の凄さを実感
 5章ザザで警備するジーンを見て、イラナ感心するの巻。5章が始まってから最初の進撃まで、割と時間がかかったんじゃないかなぁという想像が前提に来ています。



5・アルディス
(思い浮かばず)
 唯一何もネタが出てこなかった所。よもやま話として、強さとか運とかそんでもって対人間としていつの間にか話し込むなんてのが浮かびはしましたが、ちょっと異色すぎるだろうということで該当なしに。


6・ジェニス
:女同士の凛としたところ
 女戦士の底力と、女騎士の戦いぶり。どちらにも戦人の魅力あり。


7・ファーミア
:手の怪我
 作業で怪我をしたイラナを治しましょうかと言いたげに見上げるファーミア。このくらいは置いとくさとイラナの返答。


8・アーバルス
:曇天の魔法使い
 星が見えない夜、夜空と語れない魔法使いは小さな炎を懐に抱いて闇夜の声に耳を傾ける。そこへイラナなりの見解が入り、そこから帝国に蹂躙される前のフォレスチナの話題へ。



9・カーラモン
:編み物どうにかならんのか
 イラナに贈られたのはよりにもよって毛糸のパンツ。攻略本の設定で名言されちゃってんだもんなぁ。


10・イラナ
:ひとり佇む‐巫女の道を行かなかった理由
 土の聖地・プラム出身のイラナ。神殿を間近に見て育ってきた彼女の選択とは。


11・ゼク
:大きいもの‐実はイラナ自身も結構背が高いのだけども
 女性ながら男性に引けを取らない177cmのイラナ。しかしゼクの後ろに回るとすっぽりと隠れてしまう。


12・ガウド
:偉大な雷使いは笛を吹く
 レッドスネークカモン的な話です。



13・シーナ
:突っかかるような認めているような
 タイプは違う、接点もない、共通しているのは「互いの長所は相手にない絶大たるもの」(イラナにとってはシーナの風魔法の威力、シーナにとっては男性に引けを取らないイラナの腕力)。


14・ワイル
:賊同士のテリトリー
 山賊と盗賊(どっちも「元」だけども)。微妙に重なるところでも表面上は我関せず。あくまでも表面上は。


15・パピ
:3章クリフ村の事を思い出す
 時折、ひとり寂しそうにするパピ。3章でクリフを解放したのが土のパーティだったため、イラナはその時の事を回想する。


16・トリアス
:女性陣の心には何が響くのか
 好きなものが女だって言ってんだから、そりゃ身近な皆さんについても考察してもらおうじゃありませんか、トリアス先生。



 と、これだけ挙げるは挙げておいて(こうやって振り返ると攻略本プロフィール頼りまくってるなぁ)、もちろん全てをやれるだけの状況ではなかったので、23周年当日の夜になってお題だけ決めてあとはその場の勢いでやってしまおうということになりました(この前後に「ライブ感覚で小説を書くってアリなんだろうか」とか考えてた影響でしょう)。
 採用になったのがパインの話だった理由は、多分これなら幅広く人物を出せそうだろうという勘です。


 イラナとパインの腕相撲が何でいい勝負なのかっていうのは、「つよさ」のステータスがほぼ互角だからです。主人公と腕力で並ぶ女戦士、こんなとこにときめくのもどうかしてるっちゃあしてる。
 というか、ステータスを参考にするなんて他のゲームではまずやらない事なんですがね。エルファリアの場合はこんなところからでも引っ張ってこなきゃどうしようもならないほど直接語られる事は少ないもんで。


 本文執筆は2016年1月3日の21時〜23時過ぎ。後から読むと悪くないなと思う一方手直ししたい所も見えたりですが、ライブということでこのままの形で納めさせてもらいました。






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