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「ギスト図書館の博士による独白」




 この件は、歴史書や出来事のように証言や記録を集め、整理して綴ればいいというものではなかった。

 当初はエルフの少女・エルルと直接関わった"勇者"達ですらどう話せばいいのかと困惑され、一方でエルフ山へ赴いても彼らが根本的に人間を厭う姿勢は変わらないため、助手達が山に棲む強力な魔物をくぐり抜けても門前払いされてしまった。

 少し時が経ち、こちらの意図を汲んでくれた"勇者"の何人かが手紙と共に、"勇者"として戦っている間の事を(多くが断片的なものではあったが)綴ったものを送ってくれた。

 彼らが直接協力してくれた事はもちろん光栄であったし、15年前から続いた魔物支配期の終焉について語られていたのだから、ギストの歴史家もこの便りを大いに喜んだ。



 だが、読めば読むほど、我々の知る事実とは違う記述が出てくる。念の為に"勇者"の故郷の人々に聞き取りを行ってみると、ある所から『あの子は小さい頃に葬式をしたはずだが、死体を取り違えてしまっていたのだな』という話が出てきた。

 複数の"勇者"の回想録には「信じ難いとは思うが」という書き出しで、エルザードやその子孫たるリシア元エルファリア王妃の秘儀によって時を遡り、歴史を塗り替えて今に至るという証言がある。補足:全員に共通しなかったのは記すに憚られた事だったからなのだろう。

 ラの力が枯れてゆくことによって、世界は滅亡に瀕していた――我々の知る限り、そのような事実はない。



 "勇者"達の証言を信じて、そのままの形でまとめることも考えた。

 だが、それは彼らの語る回想録でしかない。時を超えたという話を咀嚼しきれていなかったこともあって、時を置いた。



 ムーラインの地でゾーラの手によって水晶と化し、砕かれた哀れなエルル。

 打倒ゾーラの15年前からエルファスを中心として、金髪の見事な吟遊詩人の少女は人々の間で目撃されるようになった。

 伝聞でしか知り得ないが、エルファリア元王妃リシアの前にも姿を現したという。



 "勇者"達を導くからには、エルルは多くの事を知っていたのだろう。

 エルフでしか知り得なかった事もあったに違いない。



 人間と離れてごく少数の暮らしを営むエルフは、その名を冠した都・エルファスを造ったほどに、かつては人間のように文化圏を形成していた。

 だが、そのエルファスは移住した人間の比率が高くなり、魔法戦争の頃には完全に人間の都となっていた。



 いつの間にか、風の聖地を抱く東の大国、あるいはこの世界全体がエルファリアと呼ばれるようになった。

 エルフの詠う国。エルフが繁栄していないにもかかわらず、この名は続いている。




 ――エルルの想いに心を寄せようとすればするほど、迷いは強くなった。




 わたしが思い留まっている間に、"勇者"による回想録を本格的に作るべきだという声が上がったものの、資料としてわたしの元に届いた便りを見るなり、代表者はこれを断念した。その学者は歴史書としての意味合いを強く求めていたらしく、戦いのさなかにあっては記憶が不確かになるのも仕方がないと判断したようだった。



 その後、新たな歴史書が上梓されるも、それらの中には"勇者"達だけが知る事柄は記されていなかった。




 そうこうしているうちに起こったのが、禁断の森の発生だった。




 再びの世界の危機に、我々学者は歴史の研究に携わっている場合ではなくなった。

 その危機感は、魔物の支配の比ではない。大地を侵食する死の森をどうすれば食い止めることができるのか、世界中の学者が研究や論争に忙殺された。



 ほぼ全ての者が脅威の前に為す術のないまま、"勇者"の代表だった英雄パインが再び立ち上がって、ひとり禁断の森に入っていった。

 英雄パインが帰ってくることはなかったが、その身と引き換えにしたかのように禁断の森は膨張を止めた。

 悲しみを伴いはしたものの、世界は再び救われたのである。




 そして、再びの安寧はわたしの研究の頓挫とも引き換えることになった。




 この研究に大小なりとも関わった他の学者は、禁断の森の調査やじきに発令されたメルド禁止令から始まる追従の姿勢・技術者狩り・メルドそのものの謎を探るため等……要は、全ていなくなってしまった。

 控えめにではあるが、この研究を止めるようにとロマの方から通達が来たこともある。

 元より、矛盾と肝心の資料に欠けた膨大な情報量を整理しきれるとは感じなくなっていた。



 それでも、わたしは心のどこかで惜しいとも思っていたのだろう。

 証言や調査成果の山を、我々の知る歴史と"勇者"達だけが知る事実とに分けて書き写し、一冊だけ作り上げた。

 同輩や後進の誰かが見つけて、完成に至ってくれるかもしれない。そんな望みを抱いて。



 エルルの事を記すという目的を持ったこの本に、題名はない。

 ただ、書き出しだけは決まっていた。




「それはラに祝福されし大地 エルファリアの物語」




 この世界を救おうとし、危険な戦場のさなかであっても可憐な吟遊詩人の姿で"勇者"を導いた、少数種族たるエルフの少女。

 誰かの心に彼女の在り様が届くことを願って――。





<手記・了>






*          *




 資料と共に封印された本は、その後エルファリアの人々の前に披見されることはなかった。

 だが、その本と資料には、歴史の修正――常人には有り得ない事――に携わった者達の行動や言葉や記されている。

 紙の一枚一枚に宿るラは、単なる紙の域を超えてごくゆるやかに干渉し合ってゆく。

 全ての事実と言い表すには全くもって足りてはいなかったが、ラ同士の融合は封印の箱の中で音なき声となった。



 禁断の森が存在し続けるエルファリア世界は、未だラは不安定なままだった。

 森の奥は、水晶の木々が視界を多い尽くし、時折時空の歪みが発生する。



 歪みは、過去の、現在の、未来の、封印の箱の声を聞いた。

 ふたつの世界で戦った者達の詠を。



 誰かに届かせようと思ったのか、詠わずにはいられなかったのか。

 答える者のない中、詠は続いた。



 歪みは声を招きもせず、拒みもしなかった。

 結果、声のいくつかが歪みに吸い込まれ、時の経過によって歪みは閉じた。






 エルファリアと同じように青い海のある、とある世界。

 声は広大なその世界にたどり着き、漂っているうちに個々の要素は分解されていった。



 ある所に、島という発想を礎にして世界を造り出そうとする人々がいた。

 造っていくうちに、音も姿もない声がひとつ、またひとつとたどり着き、彼らの言葉に直されていく。



 その世界の入り口は、奇妙な、いくつもの段の角に丸みを持つ灰色の箱だった。

 金髪の少年剣士が描かれたラベルが貼られているその触媒を挿し、箱の左側にある横に平べったい小さなスイッチを上に移動させる。



 顔を上げた先にある別の箱に、文章が浮き上がった。



それは

ラに祝福されし大地

エルファリアの物語



(了)





















あとがき



 エルファリアのエンディングにおいて、エルルの事を本に書こうと言ったギスト図書館の博士がいます。

 本文中にある通り、その書き出しは「それは ラにしゅくふくされしだいち エルファリアのものがたり」。漢字変換の有無はありますが、電源ONの直後に出てくる文章と同じです。

 にもかかわらず、IIではギスト図書館はおろか、作中のどこにもそんな本は存在しません。

 なんでそうなったんだろう……という疑問からひとつの解決の形としてこういう文章にしてみました。

 もちろん、順番が逆だなんてわかっちゃいますけどね。



 IIにあの書き出しの本がない理由について、今回は「本に込められた時空のねじれの要素が作用して、ラそのものになって世界を飛び出し、ゲームソフトの形になった」というオチをつけましたが、こういう一説も完全にはないとは言えないよねという程度です。可能性としては0.01%くらいという感じの。

 あの学者達が短期間のうちに続けられなくなって後を継ぐ人がいなくなったとか、禁断の森発生でそれどころじゃなくなったとか、政治的な理由でダメになったとか、あるいはIIを作る時に入れ忘れてしまったとか、それらしい理由を見出すのは難しくないかと思います。

 ただ、エルファリアというものを単体で見ると、エンディングで言う本ってこのゲームそのものの事だよなぁと思えるわけで、当時はそういうつもりでメッセージを入れたんだろうなという気がします。



 エルファリアは容量の都合もあってか、語られていない事が非常に多いです。仮に今回の説を採るとするならば、もっと突っ込んでいって、実際にどこかの異世界にあるエルファリアという世界から地球に発信された、元々の世界救済の物語は実は別の本題があったんだけど、声の大きい要素が最終採用になったのかも、とか広げられたりもします。もちろん無茶苦茶な話ですけどね。

 真相は現実世界の通りなんで、ひとつの遊びとして認識していただければ幸いです。




 というわけで、2012年1月3日のエルファリア発売19周年記念作でした。






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