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AQUA
(エリーのアトリエ二次創作:未完作品)




オリジナルキャラクター人物紹介:

アクア・トレンシウム[Aqua Trencium]

 見る者の目の覚ますような青い髪の王立アカデミーの生徒=錬金術士の見習い。カリエル出身だが、数代前はケントニスにいた。名に沿って身につけるものは全て青を基調としている。錬金術の相性も味方して、青属性のアイテムに関しては学年トップの連中と比べても遜色ない品物を作れるが、他の物に関してはやや出来が悪い。

 筆記がものすごく得意という特徴があるが、普段の行いに問題があるせいか、彼女がアカデミーを卒業できるかどうかはコンテストの問題運が良いかどうかにかかってきている。











 7月21日。

 アカデミーのごく限られた一区画が、毎年極端に静かになる日である。

 年度ごとの成績順位が決まるコンテストの範囲が発表される初日とあって、講義の行われる教室は開始時間の5分前になっても誰もいないという有様だった。

「もう4年目なんだから、今になって慌ててもど〜しようもならないのはわかってるだろうに……」

 空っぽの教室を大股で歩き、アクアは自分の指定席に腰を落ち着けた。

 範囲が発表されてからコンテストまで十日。年々、この時期は講義の出席率が大幅に落ち込み、教室のある棟が静かになる。なお図書室は入室までに4時間待ちで、目的の本の目的のページに目を通すのに更に3時間はかかる、らしい。

 教師が講義に来ないのは、生徒の質問攻めを振り切れないからなのだが、アクアの師・イングリドはそれらの難関を振り切って、たった2〜3人の生徒が待つ教室に欠かさず来ていた強者だった。だが、今年ばかりは卒業を控えた4回生を受け持っていることから、その偉大な記録もいよいよ途絶えるのではないかと思われる。

 ――だったら、コンテストの日程を一斉に8月1日にしなければいいのに。というのがアクアの持論だった。

 通常、アカデミーは4年制で、各回生で300人弱を抱えている。1200人が同時期に(しかも錬金術の実践は手間がかかるのに)コンテストに向けての勉強を始めたらどえらいことになるのは目に見えているのだ。特に今日は発表日。コンテストの範囲が張り出されている掲示板の前は人であふれているだろう。

 アクアは持って来た学材の中から羊皮紙を一枚取り出す。

 ものは試しにと彼女は今までの年で上級生の試験範囲を写し取っていた。まだ確認はしていないが、経験則から大きな差は出ないだろうと踏んでいた。だから、今日のこの時に講義に出ようなどと思えたのである。

 アクアの3回生での順位は53位。入学試験の順位が75位だったことを考えればまずまずなのだが、1回生の時に36位までランクアップし、後は年々順位を落とし続けている。

 元々得意属性アイテムが偏っていて、他の武器がコンテストにおいて比重が低めの筆記のみだから、4回生で20位に入ってマイスターランクに進もうとは考えていない。あと一歩なら必死こいて頑張る気も起ころうものだが、アクアはあと二歩ほど足りない生徒だった。

 誰もいないのをいいことに、過去の範囲集を読み上げる。

「『ガイストボーラ』『ブルートボーラ』『晴天の炎』『メガフラム』『ミスティカティ』『神々の石像』『生きてるナワ』『砂時計』『マヒロン・ノイ』『結界石』。

 ……なんか、知らないのまで入ってないかい?」

 筆記を得意とするだけあって、図書室で調べれる物の名前だけはコンプリートしているアクアはいぶかったものだった。その証拠に、このリストはランク6以上のアイテムが含まれ、アクアの図鑑はこの範囲はほぼ白紙なのである。

 噂では、生徒が入れない秘密の図書室なるものが存在するらしいが、そんな所の書物に載る物が試験範囲に入っていたとしたら、生徒による暴動が起きかねない。

 その時は一緒に学長室に殴り込むかと考えていたところで、教室に誰かが入って来た。

「おはよう、アクア。やっぱり来ていたんだね」

 そう呼びかけてきたのは、穏やかそうな外見とは裏腹にこの時期は主席争いに燃えるノルディス・フーバーだった。普段の彼ならば、始業時間ギリギリに来るなどという失態はやらかさないのだが、そこはそれ、どうせ徹夜明けの一眠りでもして来たのだろう。

「あんた、こんなとこに来てていいの?」

「コンテストのこと?」

 ノルディスは自分の指定席に学材を置いて、アクアの机に来る。

「僕は僕で自分のできる限りのことをしてきたから。それに、まだ講義から得るものはあるし。

 ……最近七日ぐらい、部屋から出てなくてね」

 小さく笑ったところを見ると、講義に来たのは口実らしい。真面目な彼らしい科白ではないがそれは良しとしよう。

 というか『特効薬』のブレンド調合でもしてたな、こいつ。

 アクアはそう言ってやりたいのを飲み込んでおいた。

「気晴らしなら、街に出たらいいじゃないか」

「――ここにいると、邪魔?」

「別に。そっちの方がいいってあたしが思うだけだし。師も来ないっぽいしね」

「アクアこそコンテストはいいの?」

「事前対策はだいたいできてる。筆記だけはね。

 この時期の教室が好きで、来てるんだ。気が済んだら部屋に戻って卒業制作の続きをやるよ」

「『神々の石像』だよね」

「そ。“青”と相性がいいってんなら、徹底的にやってやろうって思って。名前ってバカにならないよね」

「で、極めようと」

「ダブルSが出れば格好がつくじゃない。だから」

 ダブルSとは、作ったアイテムの評価が品質・効力ともに満点を取った時の形である。卒業制作の品物はランク4からが受け付けられるが、ランク5で満点を取った人間はいない。『神々の石像』はランク5のアイテムである。

「コンテストを狙っても良かったんだけど、こっちの方がやりたいっていう気が強くてね」

「そうか……」

「ま、そういうコトだから、あたしは見物に徹するよ。1勝2敗だろ?」

 アクアが意地悪く言うと、ノルディスは口を尖らせてきた。

「今度は勝つよ――というか、勝ち負けにこだわるよりも、なんか楽しんでいるような気がする。

 僕の方が」

「だろね」



 8月1日、コンテスト当日。ちょっとした異変が起こった。

 それは、錬金実技試験においてのこと――。

 今回出された実技のお題は『ミスティカティ』。材料の『ミスティカの葉』は出来のいい物ができることは少なく、かつ淹れる時に微妙な分量との戦いがあり、過去の上位者が脱落していったのである。

 アクアはというと、前もって用意しておいた出題例と合わせて「製作期間一日」の条件に唯一当てはまるのが『ミスティカティ』であると看破し、錬金実技の出題をそこに絞り込んであらかじめブレンド調合の出来を高めておいたおかげで、順位が落ちるようなことはなさそうだった。

 次の筆記試験では、主席クラスに並ぶ速さで難なく問題を解いて教室を出た。筆記が異常に強いアクアにとっては別段変わったことではなく、いつものことである。

 残るは魔術実技のみ――と例年通りの会場に向かおうとした時、声をかけられた。

「どこ行くの?」

 実にフレンドリーな柔らかい声質の主は、もうひとりの主席候補エルフィール・トラウムだった。親しい人間からはエリーと呼ばれ、活発で心優しい錬金術士の卵で、入学時は補欠合格だった。が、自活しながら錬金術の修業をするという過酷な環境は彼女を著しく成長させ、1回生の試験の時以来ノルディスとタイマンを張れる唯一の対抗者になっている。

「今日はもう終わりでしょ?」

「魔術試験は?」

 アクアがそう返すと、エルフィールは首を傾げた。

「……あれ? あるの? わたし、ノルディスとアイゼルから聞いたんだけどなぁ……」

「何を」

「今年から4回生の魔術実技試験はなくなったんだって。時間がかかるとか何とかって。その代わり、卒業制作の品物の出来を加味して最終順位をつけるって言ってたかな? あ、でも完全になくなったわけじゃなくて、本当に微妙な成績の人は魔術試験をやるかもっていう話もあるけど」

「へぇ……」

 アクアにとっては有り難い展開だった。上位の脱落が続発しているとはいえ、アクアの順位がマイスターランクの資格に届くはずがない。だったら、少しでも卒業制作に集中できる時間は長い方がいいに決まっている。

「ねぇ『神々の石像』のダブルSに挑戦してるんでしょ?」

「あぁ、まぁね」

 主席候補同士、同じことが気にかかるらしい。

「見せてくれないかなぁ。ね、少しでもいいから」

「いいよ。もったいぶるつもりもないし」



「……片付けちゃったの?」

 アクアの部屋は、かの石像のための材料と道具以外は隅に固められていた。

 卒業制作さえしていなければ、すぐにでも部屋を引き払える態勢になっている。

「卒業したらカリエルに戻って、西の方が落ち着いたらエル・バドールへ行こうと思ってるんだ。何代か前はケントニスに住んでたらしいから。でも、ここを出る前にザールブルグの辺りをちゃんと見ておきたくてね。錬金術抜きで景色とか楽しみたいからさ」

 この科白にエルフィールは妙な顔をしかけたが、とりあえずそれを言うのはやめておいた。代わりに、

「じゃ、街の方も行く?」

「行くよ。あんたにとっちゃ馴染みすぎるとこだろうけど、あたしはあんまし行ってなかったから」

「じゃあ、わたし、案内しようか?」

「ほんと? ……今からでも大丈夫かい?」

「製作の方はいいの?」

「……そうだな〜。やっぱ終わらせないと駄目かも……」

 トホホ〜とばかりに肩を落としていると、ドアがノックされて二人の師・イングリドが入ってきた。

「どうかしましたか、師」

 イングリドはアクアの質問には答えず、二人を見やった。

「あら、エルフィールもいたのね。丁度いいわ」

 それはどういう意味だろうと思ったが、イングリドは二人に向かって錬金数式の問題集を突き出してきた。

「この中のどれでもいいから、今解いて見せてくれないかしら。エルフィールも」

 深刻そうな表情から察するに、理由を訊ける雰囲気ではなかった。

 元々こういうものは得意分野だったから、アクアは眉ひとつ動かさずすらりと解いてイングリドに返した。

「……そうね。これは正しいわ」

 そう言いながら、イングリドの眉間の縦皺は深く刻まれている。

 問題ありと強く訴えているように思える。

 それより少し遅れてエルフィールが提出する。

「……これ、難しいですね」

「そうね。エルフィールは実践派だから尚更でしょう」

 イングリドは難しい顔をしながら小さく頷いて、今日のところはこれで帰りますと言って去っていった。

 アクアは部屋の中からドアを閉めながら、ため息をつく。

「……なんだったんだろ、あれ。あたし、何かマズったのかな……」

 アクアは全生徒の中で成績の面ではまあまあだが、素行がよろしいかというとその点は非常に疑問点をつける必要があった。

 別に、酒乱だとか喧嘩っ早いわけではないのだが、この4年で掟破りを数回やらかしてアクアはブラックリストに載っている。そんな理由から、今回のコンテストの出来が悪いと留年の恐れがあるのだ。

 そんな内容のことをエルフィールに言うと、彼女は笑って返してきた。

「アクアなら大丈夫だよ。錬金実技は手応えがあったんでしょ?」

 筆記だけは学年トップクラスというのは、ほぼ全員に知れ渡っていると言っていいから、わざわざ言って来ない。

「でも、あたしが勝手にそう思ってるだけかもしれないかな……って、思えてきてさ。ミスティカティを作ったまでは良かったんだけど、淹れる時は割といいかげんにやったような覚えがあったから」

「……アクアぁ、王立アカデミーの生徒がみんな王宮のメイドさんみたいに淹れられたら、メイドさんの立場がないと思うんだけど」

「まぁ、ねぇ……。そらそうだわ」

「もしかしたら、マイスターランクに絡んでいるんじゃない?」

「まさか。あたし、結構問題起こしてるもの」

「そうなの?」

 話があまりいい方向にいっていないがこの話題は避けられそうにはなく、アクアは渋々ながら話し出した。

 アクア自身が一番の事件だと思えたものは、3回生の秋に溯る。

 当時、3回生でイングリドに師事している生徒の間で、使い道のわからないアイテムはどう調合に生かせるかという議論をしていた。錬金術というものに触り、そろそろ自分達での論理で調合ができないかと――まぁ簡単に言えば身の程知らずなことをしようとしていた。とはいえ、議論するだけだから、講師の方は放任している。実際に調合をするには、卒業生以上の技倆がなければ適わない“オリジナル調合免許”が要るからである。

 彼らの槍玉に上げられていたアイテムは『黄金色の岩』『地底湖の溜まり』『宝石草のタネ』『ドンケルハイト』『四つ葉の詰め草』『塩』『山羊の角』『鍾乳石』『風乗り鳥の羽』。いずれも彼らの2ステップぐらいは先の調合に使われる代物だったが、そんなものは知ったことではない。危険を侵してこれらの品を自ら採取する強者もいる中、議論は取り交わされた。が、これに混ざっていなかった生徒がいる。

 そのうちのひとり、エルフィールがふぅ〜んと感心する。

「寮にいる人達ってそういうこともできるんだ」

「暇人って言ってもいいんだけどね。実際、あんたの方が先に進んでたわけだし。あと、ノルディスはこっちの方からはじいた。何か知ってそうだったから、それじゃ議論にならないだろうって」

「……悲しそうな顔してなかった?」

「してたね、思いっきり」

 真相を知る者のない中、終わることのない意見のぶつけ合いをし、考え方の交換が終わると後はそれぞれが研究に打ち込むだけだった。

 それから数日して、アクアはノルディスがイングリドに何かを見せているのを目撃する。

 話が終わるのを見計らってノルディスを訪ねると、彼はアクアにもそのアイテムを見せてくれた。

「『虹色の聖水』っていって、宝石の輝きをそのまま液体にしたようなもんなんだけど……って、あんたなら知ってるか」

「うん。でも、ノルディスは3回生の最初でもう作ってたんでしょ? 凄いよね、相変わらず」

「で、見てて面白かったからそう言ったら、これはブレンド物だからレシピ調合の物で良ければって少しくれたんだよ」

 本当はそんな事をしてはいけないのだが、それはちょっとした気の緩みだったのだろう。

「ま、使うには無理があったから眺めるだけにしとこうって思ったんだけど、これはこれでまた別の材料になるようなことを言ってたから、これは使えるかもって思って」

 エルフィールの顔がわずかに制止する。

「3回生の頭って……資格ランク20にも届いてないよねぇ?」

「そん時は14だったね、確か」

 アクアは何事でもないかのように言ったが、さすがにエルフィールはもうひとりの主席だけあって何があったのかを推測できたらしい。その表情は硬直寸前である。

 だが、そんなことは敢えて無視して、取り敢えず話を進めることにする。

 虹色の聖水は、ガラス以外の全てを溶かしてしまう液体を使っているからくれぐれも扱いには気をつけてと言われ、アクアはこの聖水のことを何かを溶かすものだと推測した。

 以前議論した物の中で使用用途不明アイテムの中で溶かしてどうにかしそうな物に『黄金色の岩』があったと思い至り、ちょっとだけならいいだろと試すことにしたのだった。幸い材料の方も自力で採取した友人が分けてくれたことだし、と。

 しかし、岩に聖水をかけたところで何も起こらない。というか、これだけではさすがに足りないような気がして比較的手に入りやすい物で、しかも青属性でないもの(岩も聖水も赤属性だった)で何かないかと思っていたところアカデミーの売店で売っていた『塩』があったと早速購入して何も変化のないそのモノに振りかけた。

「でも、まだ何も起こらないんだよ。で、中和剤が足りなかったなって思い出して」

 語るアクアの脇で、エルフィールが何か言いたげにしながら、すでに固まっていた。

「イングリド師が『少し早いですがやっておきましょう』なんて言って、属性法則やってたから、じゃ、それだと。でも、見た目には全然変化がなかった」

「…………で?」

「ま、1日で結論出すのは早いって思ったんだけど、ちょうどアカデミーん中で『宝石草のタネ』の採取隊を募っててさ、たまには外に出ようかって立候補したんだ。長く部屋を空けるから、アレをそのままにしておくのも何だし、郊外の廃屋に移しといたけど」

 普通の錬金術士には常識だが、それが何であれ調合途中の物を遠くに“移動”していいはずがない。何かの拍子で爆発したり、調合そのものが失敗する恐れがあるからだ。

 が、アクアは最初からその辺りのことを無視しまくっていた。

「東の台地に行って、戻って、そういやアレはどうなったかなって見に行ったら、何か別の変な物になってた」

「……ひょっとして、八角形じゃなかった?」

「いや、形は全然整ってなくて、グチャグチャだったよ。もう何が何だかって感じで。確か、鈍色はしてたけど。ゴミかそうじゃないかってちょっと悩んだこた悩んだんだけど、そういうのは途中の記録もちゃんとしないと提出できないってことで結局ボツにしたんだ。言うもんでもないだろって隠しておいたんだけど、師にバレた」

「無断でオリジナル調合やってたんじゃあねぇ……」

「おまけに半分盗作だしね。ノルディスには悪いことしちゃったな、厳重注意くらってたみたいだから。あたしはあたしで反省文やら再現レポートやら書かされたけど」

「それよりも、3回生で『アロママテリア』を作るっていうのが伝説なんじゃ……」

 エルフィールの声がだんだん小さくなる。

 4回生で賢者の石を作った人間なら数少ないながらも存在する。しかし、3回生の初頭でしかも資格ランク14で推奨ランク30の『アロママテリア』(他の推奨ランク30のアイテムは『エリキシル剤』『ギガフラム』がある)を作ったとなると……まぐれとはいえ、出来が悪すぎたとはいえ、成功率が10%を切っていたとはいえ。

 ――それはまぎれもなく伝説と言える。

 しかし、当人はその辺りを全く自覚していない。おそらく、『アロママテリア』の存在すらよく知らないのだろう。

「そういうわけであたしはセンセイ方の覚えはよくないんだわ。ま、こんな話よか、街の方に行こうよ。昼回っちゃったから、アレの続きをする気しなくなっちゃったし」

「……そ、そうだね! うん」

 行こ! と立ち上がるエルフィールの顔には焦りと恐れを足して2で割ったような表情が浮かんでいた。



 街に出たはいいが、二人は「何か違うなぁ」という顔を見合わせていた。

 エルフィールは職人通りの中でもお菓子の店など比較的女の子向けの店を選んで回ってくれたのだが、女性にしてはワイルドなアクアには少々場違いなようだった。エルフィールの方も、お菓子は嫌いではないけれど最近では作る方に回っているため、普通にはしゃぐ気にはなれずにいた。

「さすがに、昼間から飛翔亭ってわけにはいかないしね……」

「別にあたしは構わないけど?」

「今から行ったら冷やかされちゃうじゃない。コンテストの成績が悪かったのか〜? って。

 そうだ、わたしの工房に来てみる?」

 ノルディスを含め、工房に興味を持つ者は何故か多い。

 当然のようにアクアもそのひとりだった。

「いいのかい?」

「うん。ちょっと騒がしいけど……。それに、話を聞いてほしいの。

 わたし、ちょっと前にケントニスに行ったから」

 アクアの微妙に色の違う両目が見開かれた。



 アクアは、先祖がケントニスにいたというにしては両目の色の違いは小さい。左が濃い茶色で、右が黒である。ひょっとしたらザールブルグの人間にいそうなのでは、という感じがするのだが、これが見事にいない。

「本当に違うんだね」

「まぁ、だからどうってわけでもないけどね。ケントニス人だからって皆が皆錬金術に向いているかっていうとそうでもないし、あたしだって現に錬金術が何なのかなんて全然つかめてない。人の役に立つんだなぁって程度で」

「それでいいと思うよ、わたし。人の役に立てるなら」

「そらそうだけどね」

 アクアは工房のただ中でエルフィールから出されたチーズケーキとミスティカティをいただきながら話に興じているわけだが、周りでは妖精が調合にいそしんでいる。

 あまり喰い気のする光景ではないが、アクアは気にしないことに決めて口にしたものの感想に入った。

「これ、あんたが作ったんでしょ?」

「そ。どう?」

「どうって……錬金術的に? あたしの好みで?」

「違うの?」

「まぁ、好みは千差万別っていうじゃない。模範書がこうって言ってても、あたしはもっと酸味が欲しいなぁっていう場合もあるわけだし。そんなとこ」

 言いつつも、アクアは改めてひと口ずつ口に入れる。再評価というわけだ。

 少し考える様子を見せて、呟いた。

「味と見かけを品質と効力に換算すればわかりやすいかな」

 エルフィールに頼んで筆記用の黒板と白墨をもらうと、頭の中で渦巻く試算式を元にひとつの品に対して4つの数値を出した。

「一番上が錬金品質評価、次が錬金効力評価。あとのふたつはあたしの個人的好みの評価で、見かけ、味の順」

 ふたつの品とも錬金術としての評価は高めだが、個人評価の点は辛い。

「『ミスティカティ』は自分で作ったの以外で飲むの初めてなんだ。だから、これが最上なのかどうかってとこでちょっと迷った。で『チーズケーキ』なんだけど、あたしの好みとしてはカステラがも少ししっかりしてる方がいいな。そーすると『カステラ』のとこから直さなきゃなんないけど、大衆的な好みがこっちっていうんなら手を加える必要はないだろうね。嫌な言い方だけど」

 最後は自嘲的に言ったアクアに、エルフィールは首を振ってきた。

「そんなことないよ。でも、アクアって凄いよね。こう、そういうことがスラスラと言えて」

「能書きだけならトップクラスだから。そーいうのが達者でも何だかなぁって気がするけどねぇ……。

 そうだ、気になってたんだけど、入学式の時にもらった最初の参考書に『チーズケーキ』って載ってなかったっけ?」

「載ってたよ。わたし、なんかそれで嬉しくなっちゃって。チーズケーキ好きだから」

「でも、なんでだろうね。『ミスティカティ』もそうだけどさ、錬金術の入門書に食べ物を載せるかなぁ。もっとこれぞっていうものがあっただろうに」

「書いた人がグルメだった、とか?」

「だからってねぇ……喰いしん坊ならいいだろうけど。ま、錬金術に親しみはわくか」

 そんなバカ話をしながら、この日アクアはエルフィールの勧めで工房に泊まっていった(結局、夜には飛翔亭に行ってエルフィール顔見知りの冒険者と呑んだのだが)。

 その頃、アカデミーでは大変重要な会議が行われていたが、アクアがその事を知ったの翌日のことである。



 アクアは始業の少し前にエルフィールの工房からアカデミーに戻ったが、講義には出ずに卒業制作を詰めるつもりでいた。

 どのみち部屋に戻る必要ありと判断して、自室のB402号室/アクア・トレンシウムの表札を横目に見たところで呼び止められた。

 振り向くと、イングリドと学長のドルニエがいる。

 構内では実に不思議な取り合わせだったが、そこにツッコミを入れる余裕はない。二人の真面目きわまりない表情からアクアが何となく察しただけだが。

 イングリドが口を開く。

「アクア、話があります」

「……はい」

 アクアの中で色々な心当たり(コンテストの事や、許可は得たものの外泊した事など)が渦巻いたが、とりあえず封印しておいた。

「まず、コンテストの件です」

 イングリドの手にあるぶ厚い紙の束が途中まででめくられている。

 おそらく、アクア・トレンシウムという生徒に関するデータの事なのだろう。

「自分でもわかっているでしょうけど、筆記は例年通り満点。詳しく言えば満点の中でもトップクラスです。今まで秘していましたが、筆記は正しく速く解いた方が採点は高くなります。それから錬金実技ですが、この評価は総合でA。この結果、あなたの順位は17位から32位の間となります。はっきり言って、この16人を全員17位にしてあげたいのですが、そうもいきません」

 これにマイスターランクが絡んでいるのは言うまでもない。

「よって、あなたには魔術実技を受けてもらいます。試験は本日の午後からです」

「……はい」早すぎる、と抗議をしたかったが、できるはずもなかった。

 予想外の展開だが、アクアにはマイスターランクへ行く意志はなく、準備ができていなかったのはそういう意味では幸いとも言えた。

 が、そんな事は読まれていたらしい。

「アクア、苦手だからといってくれぐれも手抜きをしないように。あなたのことでしょうから、失敗の理由も理論づけができているはずです」

「……」

 その理論をことごとくブチ壊すが如く、毎度毎度壊す樽の堅さを変えているイングリドにそんな事は言われたくない。

 この場に誰もいなかったらうなだれているであろうアクアに、ドルニエが歩み寄った。

「この試験が終わったら、この場所に来なさい」

 そう言って紙を差し出して来た。どうやら、図書室のどこからしいが、色々と条件がつけられている。

「では、わたしは失礼しますよ」

 ドルニエが穏やかに去っていくのを見届けると、イングリドは再びアクアの方を向いた。

「卒業制作の方に専念するそうね」

「はい」

「マイスターランクに昇るつもりはないの?」

「まだオリジナル免許ももらってませんし、広い発想力で掴むってのがどうもピンとこなくて……。それに、今はアレを極める方に興味があるんです。今更だけど、楽しくなってきたから」

「……その気持ち、忘れないようにね」

「……」



 正午近くになって、アクアの部屋のドアがノックされた。

 それに応じてアクアが顔を出すと、その先にはエルフィールがいた。

「こんにちは、アクア。試験なんでしょ?」

「まぁ……そうだけど。あんた、仕事はいいのかい?」

「どうせコンテストでひと区切りつけてたから。それに、わたしも試験なんだ」

「どうして!? あんた主席でしょ」

 聞いただけだが、今年はエルフィールとノルディスが主席を分け合う結果だったはずだ。

「うーん、なんていうのかな……そのぉ……」

「ちゃんと主席争いの決着をつけろって、生徒の間で運動が起こったのよ。馬鹿馬鹿しい」

 エルフィールと少し離れた所から言って来たのは悪名(?)高いワイマール家の息女だった。アクアにとってはあまり近づけない人種である。

 と、その息女がアクアを一瞥して言ってきた。

「あなた、そこらの凡人に負けたりしたら筆記王の名が泣くわよ」

「……は?」

「ノルディスやエルフィールを押しのけて4年連続で筆記1位だったのよ、あなた。だから、せめてマイスターランクの資格ぐらい取りなさいって言ってるの。じゃないとあなたに負け続けた他の全生徒が気の毒だわ」

 応援なのか毒舌なのかわからない凄まじい言いようでアイゼルは去っていった。

 ……それにしても。

「なんか、勘違いしてないか? あたしの出来のいいのって筆記だけなんだけど」

 今さっきまで魔術実技のためのアイテムを選んでいたが、普通、そのために必要な物の多くは赤属性を占める。せめてメガフラムがあれば話は違うのだが、苦手というのを理由に研究を詰めていなかったのが今となっては惜しいところだ。こうなったら、青属性の『神々のいかづち』がどれくらい通用してくれるかが勝負の分かれ目といってもいい。

「……行くか。ジダバタしても始まらないし」

 エルフィールと二人で会場へ行き、時間になると、まず主席争いから始まった。ギャラリーを手早く追っ払うためである。

 エルフィールとノルディスは共に中身を破壊せずに樽だけを壊すことに成功した。が、軍配はエルフィールに。その理由は『テラフラム』までをも揃えた豊富なアイテム陣と、この試験では滅多に使われない『津波の石』を用いたことが評価につながった。しかし、エルフィールに言わせれば『Lv7うに』を作って来たかったのだが、日数と質の向上の問題でLv4までしか持ってこられなかったことを悔やんでいたという。どっちにしてもとんでもない人だ。

 主席争いが終わると、進行役・イングリドの思惑通りギャラリーの半数が消え、試験本番が始まった。

 出席すべき16人は全員揃い、入学試験の成績順に4人ずつ試験は行われる。

 アクアは第3グループ。しかもその中でも4番手だから、それ以前の生徒は入学時は75位以上だったということだ。

 今回アクアが樽破壊のために持って来たのは『神々のいかずち』『精霊の光球』『クラフト』だった。もう少し品数が欲しかったが、回数を減らすことになるだろうし、赤属性はやはり苦手である。せめて『クラフト』ではなく『フラム』だったらなぁと思わずにはいられないが。

 ともかく、問題は樽の堅さだった。これひとつで全ては決まる。

「アクア」

 呼ばれて振り向くと、試験を終えたばかりのエルフィールが小さく手を振っていた。

 席を離れても支障はないだろうと、立ち上がってエルフィールの側へと行った。

「相変わらず凄いね、あんた達」

 ちなみに、樽のみを壊せる生徒は全体の4%ほどである。

「ん〜……まぁ、ね。胸張って言うことでもないんだけど……でも、今日だとは思わなかったなぁ」

「あたしもちょっと驚いたよ。部屋に戻ろうと思ったら師と学長に声かけられてさ」

「校長先生も?」

「このあとで用があるってさ。図書室で何かして行かなきゃいけないみたいだけど」

 アクアはポケットに入れておいた件の紙を出す。それにあった条件らしきものは、何かの手順のようだった。



 1 図書室に入ったら花瓶を落とさぬようにひたすら花瓶を乗せてある棚をガタガタと動かす。

 2 気が済むまで1をやったら、図書室のあらゆるものを指さして(あるいは凝視して)その物の名前を言う。可愛らしくかつおバカっぽく言うのがポイント。

 3 入口から正面の額縁に向かって全速力でタックル。

 さぁ、これでドルドルちゃんのおでましだぞ♥  ちなみにドルドルちゃんとは我らが校長先生のことなのだあ。



 アクアのこめかみがぷちっと鳴った。

「…………………………手前ぇでこんなコト書くんじゃねぇよ」

「でも、これって校長先生の書斎の入り方だよ。別名秘密の図書室」

「で、入るためにこんなコトをしろと?」

 アクアの目は据わっている。下手をするとイングリドとタイマンを張れるかもしれない。

「うぅん。額縁を1回かけ直すだけでいいの」

「じゃあ、この変な前置きは?」

「……さぁ」

 妙な沈黙が降りかけたところに、低い悲鳴のような声がした。

 二人が目を向けた先には、素晴らしく燃え盛る樽がある。堅さを読みちがえて『メガフラム』でも使っただろお前、とつっこみたくなるような燃え方だった。

 消火隊が懸命に水をかけるものの、火はなかなかおさまりそうもない。

 そして一番の見ものは、怒りのオーラをただよわせるイングリド。

 呆然とする彼(ど〜やらこいつがそれをやっちまった生徒らしい)に歩み寄って、一言。

「罰としてこれより卒業までの間、あたくしの研究文書の清書をするように」

 そう言って、そいつに背を向け次の生徒の準備をしに行った。

 アクアは身を縮めてイングリドの背中を見送る。

「あいつ、師の大切なモノを壊しちまったのか……。あたしも気をつけないとな」

「可哀想だね……」

 二人と同様、会場を見る全生徒が彼に同情したのは言うまでもない。

 イングリドの研究文書の清書は常人には非常に困難であることで有名である。従って、イングリドには長い研究人生があるのにもかかわらず、著書は自身が全編纂を手掛けた1冊しかないのだ。

 もっとも、この気の毒な彼が2冊目の完成に貢献すれば、それはそれで名誉なのだが。

「思えば、この試験って雑念が多いよな。賭けは行われるわ、罰ゲームはあるわ……」

「賭けなんてあるの?」

「例えば、あんたとノルディスとどっちが主席をとるか、とかね。成績の悪い奴のひがみだから、気にしなさんな」

 そんな事を言っているうちに、アクアの出番はやってきた。



 不幸なことに、アクアの当たった樽は実に壊れにくくなっていた。

 小手調べの『精霊の光球』は全く効かず『神々のいかずち』もやや効果があるくらい。究極の魔法防御のコーティングがしてあるのではないかと思えるほどの壊れにくさだった。

「ド畜生が……」

 アクアが唯一充実させてきた“青”属性でこの有様である。彼女のことを知る人々は一様に顔を見合わせた。

 曰く、世の中にあんな不条理な樽があっていいものか、と。

 アカデミーコンテスト用の樽は生徒ひとりごとに堅さが異なる。が、今回アクアが当たったのは職人通り・武器屋謹製・超特別製の樽である。元々はオブジェのつもりで飾ってあったものを誰かがわざとコンテスト用の物に混ぜてしまったらしい。何故そんなオブジェがあるのかというと、超一流の錬金術士を目指すならこの樽くらいはクリアできないとね、というつもりで置かれたらしい。いい迷惑だ。

 一方、数少ないながらも真相に気づいた人間もいた。

「あれ、大講堂に置いてある樽なんじゃ……」

 ノルディスが呟くと、隣にいたアイゼルが神妙に頷く。

「そうね……でも、誰が……」

 置いたのかしら、とその先を言いかけたがアイゼルはある節に思い至った。

 会場の受験生徒16人中、イングリドの教え子は7人、ヘルミーナの教え子は1人。

 ――あの先生ならやりかねない。

 額に手を当てると、ノルディスが顔をのぞき込んできた。

「どうしたの? アイゼル」

「……頭痛かしら。よくわからないけど、胃痛までして来そう」

「部屋に戻ろうか? 送るよ」

 1回生の時のアイゼルならここで喜んで送ってもらうところだが、どっこいアイゼルはあの頃とは違う。そんなシチュエーションに甘えてばかりではいかんとわかっているのだ。特に、ノルディスと同じ道を歩むと決めている以上。

「いいわ。もう少し見ていくことにするから」

「……そう? もし、何かあったらすぐに言ってよ」

「わかったわ、ノルディス」

 何やらいい雰囲気になりそうな二人は置いといて、アクアの方へと戻ろう。

 制限攻撃回数5回のうち3回を終えて、4回目を『神々のいかずち』で放つ――が、壊れてくれる様子はない。

「な〜〜〜〜〜んだってこうなるかね……」

 このままでは20位以内どころか、30位以降へすっ転んでしまう。アクア自身にはどうでもいいと言えなくもないが、やる以上は成果を上げたかった。それに、この樽がどうしても憎たらしくてたまらない。

 今までと同じように『神々のいかずち』を掲げようとした時、ふとあることが脳裏をよぎって手を止めた。

 ひょっとしたら、ただ掲げるよりも魔法力を集中した方が威力は高まるのではないかと思いついたのだ。

 媒体たる杖がないのが痛いが、やってやれないことはない。どのみち、このままでは樽は壊れそうもないのだからやってみるのも手だ。

 アクアは静かに眼を閉じ、集中して掌に力を集める。

 体内を巡る無数の魔力の小さな核を、流れに逆らわせずに……。

 そして『神々のいかずち』の水晶に力を移す。

 あとはゆるやかに掲げ――。

「行けえッ!!」

 アクアの渾身の叫びと一撃は会場を震わせた。

 誰もが樽の完全破壊、あるいはその寸前までいくのではないかというほどの魔力だと確信するが、現実は違った。

 樽の一片だけが、カランと音を立てて落ちただけなのだ。

「――こんなもんか、あたしの力は」

 全身全霊をかけて力を使い果たしたアクアはその場にへたり込む。

 もう、いいや。アクアの思いはそれだけだった。



 その日のアクアは部屋に帰ってから特に何もせず、というか疲れ果てて眠ってしまったのだ。ドルニエとの約束をすっぽかす形になるが、アカデミーの医者的存在の人が今日は安静にしていなさいと言っていたから、基本的には不問になった。

 そして、問題は翌日以降に次から次へとやってくる。

 その第一陣が見舞いに来たクラスメイトからの報告だった。試験の翌日である。

 昨日の試験を含んだアクアの順位は23位。樽を破壊できなかったにしては上出来の部類だが、あの特製樽をあそこまで追い込んだにしては評価が低いと今をもって講師達の間で議論がなされており、これは仮定の話らしい。

 その話を聞きつつも、アクアは特に思うことはなかった。マイスターランクへ行く資格を得ようが何だろうが、決心は揺るがない。

 少し話をしてクラスメイトを帰した矢先、別の客人がやってきた。アクアが少し苦手にしているアイゼル・ワイマールである。

 別にわたしが思って来たじゃないけど、と『栄養剤』の瓶を渡してきた。

 意外にも、アイゼル自身が作った物らしい。

「本当はノルディスとエルフィールがあなたに持って来ようとしてたんだけど、あまりにも過保護だったから、わたしが薬を持ってくるということで落ち着いたの。

 これよりも『リペアミン』の方が良かったかしら?」

「……いや、大丈夫。有り難く戴くよ」

 アイゼルがひとつ息をつく。

「カリエルの出身なんですって?」

「育ったところはね」

「……男性も女性も、そういう話し方をするのかしら。その……がさつというか」

 まんまストレートである。

「あたしが元々これってだけで、女の子はらしい奴の方が多いよ。男も全体的にはがさつってもんでもない。それが?」

「エルフィールのつきあいで採取に行ったことがあるけど、その時についていた護衛の男がやたらとがさつだったのよ。カリエル出身だって言っていたから、あなたもそうなのかしらと思ったの。でも、ザールブルグ中の錬金術士の卵をかき集めても敵わない部分があるんだから、認めるべきなんでしょうね」

 ……何が言いたいのやら。

 アクアが呆れかけたところに、ノックの音が二重にした。

 妙だと思いながら立ちかけると、アイゼルが制してきた。

「あなたはいいわ。病人なんだから。

 ……それにしても、あのふたりったら。前もって止めておいたのに」

 アイゼルの様子から、ドアの向こうの客人の予測がついた。

 その思惑通り、やって来たのはエルフィールとノルディスだ。

「アイゼル、本当に来てたの!?」

「僕らが行くからいいと言ったのに……」

「冗談じゃないわよ。たかが過労に『特効薬』や『エリキシル剤』を持ってくる神経の連中に、病人の見舞いなんかさせられないわ」

 『特効薬』はランク6、『エリキシル剤』に至ってはランク8に限りなく近いランク7のアイテムだ。アイゼルが呆れたくなるのも無理はない。

「で、大丈夫? アクア」

「あんまし動くなって言われてるけどね。とりあえず、こんな感じだよ」

 おどけて手を広げてみせるが、どうにも力は入らない。もう一日休養が要りそうなのは明白だった。

「本当なら、石像の方をやりたいんだけど……」

「それなんだけど、アクア」

 口を挟んできたのは意外にもノルディスだった。

「コンテストの最終順位次第ではマイスターに上がれるかもしれないんだ。そうなったら、新たな課題が与えられると思う」

 これには、エルフィールとアイゼルが顔を見合わせた。

「「新たな課題?」」

 不思議と声がハモる。

「正確にはわからないけど、アクアの場合、上位のアイテムがあまり充実していないだろう? もし突かれるとしたらそこだと思う……」

「いや、いいよ。どのみち上がるつもりはないから」

 弱く否定すると、三方向から抗議の声が上がった。

 色々と言ってきたが、トータルすると「勿体ない」の一言に落ち着く。

「あのねぇ、あたし、まだオリジナルの免許をもらってないんだよ? マイスターっていうのは、ソレがメインになってくるんじゃないの?」

「でも……」

「随分賑やかにしているわね。見物人が出て来ているわよ」

 聞き覚えのある女性の声で4人はドアの方を振り返った。

 イングリドが困ったように肩をすくめる。

「ドアを開きっ放しで話をするのは感心しませんよ。あと、マイスターの条件を推測するのも」

 入りますね、と言ってイングリドは後ろ手にアクアの部屋のドアを閉めた。

 場は一変して静かになる。

「アクア、具合はいかがです?」

「……少し、疲れみたいなものは残ってます」

「でしょうね。今の子にはあまりああした魔力の使い方を教えてませんから。でも、あの樽を破壊寸前に追い込んだのは見事です。あれは特別製でしたから。もっと言えば、誰かの悪意によって混ぜられた樽です。あれを余裕をもって破壊するには、マイスターの技倆を持つ者の中でも優秀な人間しか適わないでしょう。

 あなたのコンテストの結果ですが、まだ最終順位は出ていません。ただ、卒業制作の品を水準以上で仕上げれば卒業はできます。ですが、あたくしはあなたに別の道を薦めたいのです」

「マイスターランクですか……」

「どうしても重荷であると感じているのなら仕方ありませんが、今のあなたの取り組み方を見る限りは、条件さえ満たせば進んでも支障はないと考えています。一昨年の事件は、確かに問題ではありましたが、あなたの類い稀なるセンスの一片が見られました。それを<常に要求するわけではありませんが……まだ、教えてあげたいことがあります。ですから、正式に決まり次第、更に昇級試験を受けてもらいたいのです」

「……」

「とりあえず、今日は話だけをしておきます。体が本復したら、ドルニエ学長の元へ行ってごらんなさい。エルフィール、案内はできるわね?」

「あ、はい!」

 エルフィールがぴょこんと背筋を伸ばすと、イングリドは頷いて部屋を出ていった。

「……変なとこで期待されてんだなー」

 筆記王を4年連続で守り続けただけあってある意味当然なのだが、アクアはその重要性をあまり理解していない。首をひねったものだった。

「ど〜しても受けなきゃいけないかな……」

「そんなにマイスターに進みたくないのかい?」

「あたし、向いてないような気がするんだよね。前にちょっとだけマイスターの連中を覗いてみたけど、何か神経質っぽくてさ。水が合わない気がして」

「でも、僕やエルフィール、アイゼルも行くんだ、大丈夫だよ」

「っつってもなー……。ま、昇級の試験とやらが厳しいようだったらやめるよ。

 それでいいだろ?」

 そう言い切って、この場はどうにか収められたのだった。



 あとがきのようなもの


 というわけで、ここまでです。
 まずはドルニエ学長ごめんなさい、と真っ先に謝っておいて、これでエリーのアトリエの二次創作へと本格的に進まなかった理由はわかるかと思います。わたしの頭の中で動くエリーが強すぎるからです。他の作家さんの同人誌を読んで、こういうものだったのかと衝撃受けたくらいでしたから。そりゃあエリーとハレッシュとユーリカで組む冒険譚なんて需要ないわーって(管理人のベストパーティはこの3人だったりします)。
 もっとも、今となってはもっと自由に書けそうではありますが、作品を量産できる人間ではないのでひとまずはこういうものもありましたよ、という形を出すにとどめておきます。
 この物語自体の結末は、実は考えていません。書いている時も頭で思いつくままに書いていた、というのが本当のところでした。研鑽の世界、というのは憧れるところではあるのですけどね。




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