的に命中した矢の重い響きに、見物していた周囲のホースメン兵士達が唸りを入れつつ賞賛の声を送った。

　その中心にいるのは、アリティアの事件以来マチス隊に身を寄せているカシムである。

　猟師の出身ながらタリス一の弓の腕を持っていると言われ、その評判に恥じないのは今見せた通りだが、最近は注釈が必要になった。弓の使い手なのでホースメン隊にいるのに、騎乗しながらの射撃はさっぱりと言っていいほど当たらない。乗るだけならどうにかなるようになったが、それからがどうしても上達の兆しすら見られなかった。

　そうした事もあって、縮小再編成の折にタリスの義勇軍に戻るかどうかの選択を迫られた……というよりも、戻りたいなら戻ってもいいけれどとマチスから提案されたものの、居場所があるのならこのまま居させて欲しいと訴えて、所属は据え置かれている。

　マチス隊がマケドニア戦に出陣するのはほぼ確定しているので、居残っていれば何らかの働きはできる。それに、ホースメンのような動きができなくても山地の多いマケドニアでは馬を降りて弓を射るべき場面が訪れるだろうと踏んでいた。

　こうした予想とは別に、カシムはホースメン隊の人々に人気があった。元はカシムと同じく猟師だったという隊員が多く、タリスとマケドニアの狩猟の違いなどといった話題で隊に溶け込み、最初から弓の腕を認められていたこともあって、練習に同行したがる隊員もまたそれなりの数に昇る。

　それなのに騎乗射撃に関してだけはどうにもならないため、彼らの角を立てることもなかった。わざとやっているわけではないだけに、これは幸いとも言えた。

　そろそろ切り上げようとして、泣きの一回などといった要望が飛び交っているのをなだめていると、ふと違う人種の気配がした。

　辺りを見回すと、少し離れた所にふたつの女性の人影があった。

　そのうちのひとり、タリス王女シーダの名を口にするとホースメン兵達が振り返り、慌てて敬礼の形を取った。カシムもそれに倣う。

　しかし、そのシーダは慌てて集団へと駆け寄る。

「そんな、邪魔するつもりはなかったの。ごめんなさい。

　ただ、こちらで歓声が上がっていたから来てしまって……カシムだったのね。久しぶりね、元気にやっていて良かったわ」

「はい、ありがとうございます。いい人達に迎えてもらえました」

「カシムもマケドニアに行くの？」

「同行の許可をもらえればそのつもりです。居場所をくれた皆さんの力にもなりたいですから」

「だったら、また会う機会が増えるのね。わたしもマケドニア戦に参加するから」

　え？　とカシムばかりでなく、ホースメン隊の面々も不審そうな顔になった。

　マケドニアから離反したミネルバやペガサス三姉妹が天空騎士隊を形成しているため、グラ以降、天馬騎士としてのシーダが必要とされる機会は大幅に減った。先のグルニア戦で将軍ロレンスを解放軍に引き入れた大なる功績はあるが、無断の単独行など軍規違反も伴っていたので、また後方で大人しくすることになるだろうと目されていたのである。

「でも、どうしてシーダ様が……？」

「マルス様からお願いされたの。グルニアの事があったから最初はお断りしたのだけど、重ねて言われてしまって。
　ね、カシム。もう一回だけ見せてもらえないかしら」

「それは構いませんけど……」

　連れの人はいいんだろうかと思っていたら、遅れて近づいてきたのはレナだった。癒しと転移の杖で解放軍を助けてきたが、聞いた話によると師匠の人に認められて特殊な力を持つ杖を継いだということだった。

　別の一面、というかこちらでは主にマチスの妹として認識されている。お互いが多忙になる前は、レナの方から宿舎を訪れて兄妹で話をする事もあったらしい。

　今度はホースメン隊員が一斉にレナに対して聖職者への礼を取って、代表者が挨拶を済ませる。と、シーダの請いの通りにカシムは的を用意して一射を披露し、シーダだけではなくレナからも賞賛の言葉を貰った。

　女性達が立ち去るのを見送る段になり、別れ際にシーダが振り返った。

「カシム達はこれから宿舎に帰るの？」

「はい。片付けてからになりますが」

「なら、また会うかもしれないわね。わたし達もこれからそこに行くから」

　微妙に似たようなやりとりをさっきやった気がして、少しだけめまいがしたカシムをよそに、シーダはじゃあねと言ってレナと連れ立って去っていった。