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「HARD HEART」(前編)3-5






 マチスは全身のだるさを感じながら意識を取り戻した。

 どんなに頑張ってもまぶたが半分までしか上がらなかったが、誰かがこっちを向いているのはわかった。

「兄様、わたしのこと、わかりますか……?」

 思わぬ台詞を耳にして、目を無理矢理押し開いた。

 その誰かはきれいな赤毛をした、世辞を言う必要のない世に言う美少女だった。アイルが見たら、着ている尼衣が無粋でせっかくの容貌が台無しになると言ってくるだろう。

 一年前に会った時に十分だと思ったが、更に顔のつくりが整っていた。

「レナ……だよな?」

「はい……!」

 レナの目はひどく潤んでいた。今にも涙を流してしまうのではないかというほどに。

「おれ、何か悪いことしたのかな」

「いいえ……いえ、しました。
 どうして、軍なんかに入っているんですか。そのせいで、こんなことになってしまったんですよ」

 レナの発言は肝心な所を欠いているためにマチスには支離滅裂に聞こえたが、あえてそこは突かなかった。

「どうしてって言われてもな……。おれだって、したくてしてるわけじゃあないんだけど。レナだって、どうして……」

 そこまで言うと、マチスは弾かれたように起き上がった。

 が、肩以外の傷は手当てをしただけだったから、声にならない悲鳴をあげる羽目になった。

「まだ安静にしていてください。肩の他は治せなかったんですから」

「……それだよ」

 マチスは顔をひきつらせながら、レナに向き直った。

「なんで、レナがここの、おれのそばにいるんだ?」

 ここが正確にはどこかわからないが、幕が張ってあるからには怪我人の収容所なのだろう。アリティアが勝ったらしいから、アリティアの幕である可能性が高い。その場合は捕虜になっているというわけだ。

 少しためらったあとに、レナがそれを裏づけるように言った。

「今、わたしはアリティア軍のお世話になっています。サムスーフの盗賊に捕らえられたところを助けていただいたんです。それで、オレルアンを北上しようとして……」

「おれらとぶつかったわけだ」

 レナが「はい」と言いながら、含むように頷く。

「ご存じでしょうけど、戦いはアリティア軍の勝利で終わりました。今、マルス様が兄様達の処遇を決める軍議を進めてます」

 辺りを見回せば、マケドニア騎馬騎士団の騎士が何十人も横たわっている。興味深げにこちらの話を盗み聞いているのもいるが、多くは怪我のためにうずくまっていた。

「もし……マルス様から解放を決めていただけたら、兄様も来てくれませんか」

「来るって……何、アリティア軍に?」

 他に考えられなかったが、信じ難い申し出だった。

「来てどうなるっていうんだよ」

「アリティア軍は少しでも味方がほしいはずなんです。それに、助けになっていただけたらわたしも嬉しいです。もうアリティア軍と兄様が戦わなくて済むのだし」

 解放されれば、極端に言えば自由の身である。様々な道を行くことができ、その中には元いた軍に戻るというのもある(ただし、何が待ち受けているかは定かではないが)。

 それはもし解放されればの話で、だいたいはもっと悪い結末が用意されているのが常だ。

 レナがはたと思い出したように切り出してきた。

「兄様はどうして軍にいたのですか? それも、騎馬騎士団に」

 騎馬騎士団はバセック家と最も縁遠い軍隊の一つである。その前に、軍に入ったことのないマチスが召集を受ける事そのものが疑問点になる。

 ――困った。それも非常に困ったというのが、マチスの本音だった。

 直接の原因はレナがいなくなったことである。しかし、それをそのまま言う気にはなれなかった。自分のせいで迷惑をかけたと言い出しかねないからだ。

 だから、二つ目の理由を言うことにした。

「なんか、ミシェイル王子に目障りに見えちまったらしいんだよね。誤解されるような態度をとったから自業自得だってルザには言われたけど」

 この答えにレナは何かを言いかけた姿勢を見せたが、最後には思いとどまったようだった。

 マケドニア国内ではミシェイルの尊称は『国王陛下』だが、マチスは『王子』にとどめている。レナはこう言っている理由を知らないが、目障りに見えても仕方がないと納得はできた。

 マチスが眉根を寄せてため息をついた。

「あのさ、さっきから気になってたんだけど、その『兄様』っての、できればやめてくれねぇかな……。なんか持ち上げられすぎて、性に合わなくてさ」

 そういえばルザが別れ際にそんな意味の事を言っていたとレナは思い出していた。あの時は流して聞いていたが、ここまで言うからには相当に嫌っているのだろう。

「でも、他にどう呼べば……」

「だったら『兄さん』から始めてみればいいと思いますよ。レナさん」

 レナの後ろから、男が声をかけてきた。

 髪は赤かったがマケドニア人のそれとは色合いが少々異なる。体格の良さと剣を下げているところからして、騎士と見ていいだろう。

 男が回り込んでレナの正面にかがんだ。マチスはふたりに挟まれる形になる。

 騎士が、覗き込むようにして言ってきたものだった。

「レナさんの兄貴だって?」

「……まあ、一応は」

 こんな言い方になってしまったのは、男が否定的な響きを込めていた風に聞こえたせいだろう。

「あんた、アリティアの?」

「あぁ。カインだ。よろしくな」

 当たり前のように手を差し出されて、マチスは条件反射的に手を出して握手をした。

 だがよろしくと言われても、すぐにサヨナラとされてはシャレにならない。

「おれら、どうなるのか決まったのか」

「今、握手しただろ。それが答えだ」

 その瞬間、三人以外の幕中の視線がマチスに集中した。約三十人もの視線は彼を射抜かんとばかりに鋭い。

「何だって……?」

「貴族なんだろ。ここの連中まとめて、できればオレルアンにいるマケドニア軍も整理してもらって、それから……」

「ちょっと待て! おれにそんなことできねぇって!」

 まだまだ続きそうな要請に、マチスは慌てて抗議した。

「それに、おれはもう貴族じゃないんだよ」

「じゃあ、僕らが後押しして帰り咲かせるよ」

 青の髪の少年が後ろから姿を現した。マケドニア軍兵士の恰好ではなく、襟詰の服と外套を羽織って細剣を腰に差している。

 もうここまでされれば誰かなんて言われなくてもわかる。そもそも投降を呼びかけてきた段階で予感はあったのだ。

「僕の未熟のせいで中途半端に傷を負わせて死なせ損なったらしいから、生きていて良かったって思ってもらうしかないだろうって、勝手に決めさせてもらった」

 自分で言っている通りマルスの宣言は本当に勝手だった。しかも、誤解している節が見受けられる。

 マチスは死にたがりなわけではなく、むしろ逆で――一番の大問題は、カインが言っていたような役目を負えるはずがないことを見落としてきていることだ。何せ、軍に入ってから一年もたっていない。騎士って言っても指揮もできないぺーぺーなんだぞと、声を大にして言ってやりたくなった。

 ……どうせ、近いうちにこの決定は覆されるんだろう。

 そんなことをマチスは思ったのだった。



(HARD HEART・前編:end)





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