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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(1) 「INSTORE」
(2000年9月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
1
SIDESTORY
603.04-06
[MACEDONIA]




(1)


「では……行って参ります」

 朝、小鳥がさえずる中、馬車がたたずむ白壁の修道院の前で、二人の修道女が別れの挨拶を交わしていた。

 一人は初老の女性。質素な白の尼衣を着ていて、何者をも包み込むような雰囲気を感じさせる。

 もう一人は十代半ばと見られる少女で、女性と同じような尼衣と、髪を隠すベールを身につけていた。

 初老の女性が少女に応えて、ゆっくりと頷く。

「もう会うこともないでしょうが、わたしは遠くから見守っているということを覚えておきなさい。――叶うならば、この院にいた頃の心をずっと持ち続けるように」

「……はい」

 少女は受け答えると、左手で己が両肩にそっと触れ、喉元に指先が来るように胸の中央に手を添えた。

 初老の女性も同じ所作をして返す。

「では、お行きなさい」

 少女はそれに頭を垂れて応じ、御者に招じ入れられるがまま馬車に乗り込んだ。

 席は前後向かい合わせになっており、少女は後ろの中央に座ろうとしたが、どこにいたのか後から剣を吊った青年が乗ってきた。見覚えのある紋章が見え、護衛と知れた。

 少女は青年も乗るのならと奥に座り直そうとしたが、青年が静かにそれを制してきて自らは後ろ向きの席、少女のはす向かいになるように腰を落ち着けた。

 ドアの外側にある小さな閂がかけられ、馬車止めが外される。

 少女は初老の女性に最後の別れを告げようとしたが、青年の存在に無言のうちに圧されて、それはできなかった。

 せめて、見るだけでも叶わないかと窓から女性の姿を伺う。

 ……女性が言った通り、もう二度と会うことはないだろう。少女がこれから行こうとしているのは、この修道院からは色々な意味で遠いところだった。

 馬車が動きだし、やがて窓の端から女性の姿を捉えられなくなると、視線を正面に戻した。と、その際に嫌でも青年を見ることになる。

 よく観察するのは避けたが、歳の頃合いは二十代の始めか半ばらしかった。髪の色は鮮やかな赤毛、少し長めであろうか。色そのものはこの国では珍しくない。ただし、国祖にならって赤の度合いがきれいであるほど尊ばれる。少女自身の髪も青年に負けず劣らず見目鮮やかな真紅に近い色合いである。そして、青年の服は装飾が控え目であったが、高価な物だった。

 それらを見ただけでも彼は、護衛としては豪華すぎる感がある。

「その様子ですと、私のことはご存じでないようですね」

 話しかけてきた青年に、まともに目を合わせようとしていなかった少女は気後れした。何か言わなくてならなかったのだろうが、結局は頷くようなうつむくような反応しかできなかった。

 少女が黙ってしまうと、青年が困った様子を見せながら、再び口を開いた。

「私はバセック伯――伯父上の命であなたの護衛を仰せつかって参りました、ディグ家の長兄、アイルと申します。血筋からいけば、あなたの従兄にあたります。
 もっとも、最後に会ったのは、あなたが三才でいらした時ですから、覚えがないのも無理はありませんが」

 少女は一瞬目を丸くし、次の瞬間には顔が真っ赤になった。

「あっ、あの、すいません……わたしったら失礼なことを」

「構いませんよ。覚えていろというのが無理な話です。
 それにしても……レナ殿はお美しくなられましたね。王都で騒がれるのも納得がいくというものです」

 憧憬のからむ言葉だったが、レナにとってはあまり嬉しいことではなかった。

 再びうつむくとアイルがやや怪訝そうに訊いてくる。

「どうかなさいましたか」

「……あの、そのお話は本当なのでしょうか。わたしがミシェイル様のお相手というのは」

「本当も何も、王都の屋敷に戻れば城からの正式な使者が来て、すぐに話はまとまります。急な話ではありますが、陛下がようやく決めて下さったのですから逃がす毎年式官達も必死なのですよ……と、すいません。こんな言い方になってしまって。レナ殿の結婚でもあるのに」

「いえ、お気になさらないでください。でも、わたしはあの修道院で生活をしてきました。それで、ミシェイル様に釣り合うものなのでしょうか」

「それは、周りの者がどうにかすることです。陰口で叩く者もなくはないでしょうが、彼らはやっかみで言っているだけです。不適だからというのではありませんから、気にする程ではないでしょう。
 仮に、王都の屋敷で籠の鳥のように暮らしている令嬢が陛下のお相手だったとしても、環境の激変は避けられません。レナ殿が懸念するのはわかりますが、これは釣り合う釣り合わないという問題ではなく、順応する意志が大事だと思いますよ」

 レナは伯爵令嬢という身分の割には、あまりそれらしい生活は送ってこなかった。まず、家の方針と貴族の女性の慣例に倣って杖の法力を使う僧の修行を祖父の元で積んだ後、王都の修道院ではなく、父伯爵の領地内の山にほど近い平民出の者がほとんどを占める修道院に身を寄せた。

 王都の修道院は、修道院と名はついているものの、貴族階級の娘は修道女としての生活は送らず、サロンでのお茶会に出るのが日課というのを聞いたのと、修行時代に貧困地帯の現状を見たことで、王都で生活しないことにしたのだ。

 しかし、この二年ばかりは年に一、二回は王都に顔を出さなくてはならなくなった。本来そこに出なければいけない人が行けなくなって長い時がたち、社交界で伯爵家の嗣子の不在が続いて、家の面子を立てづらくなってきたからだった。

「あの……あの人はどうしていますか」

「あの人。……あぁ、あなたの兄君ですか。相変わらずですよ。直接には滅多に会えませんが、監視つきでのんびりやっていると聞いたことがあります」

「まだ父様からお赦しはいただいていないのですか?」

「赦すというよりも、マチス殿の方からもらいたい様子はないですからね。下手に自由にされたら統治だの魔道だの社交だのとやりたくもないことを押しつけられるだけでしょうし」

「……随分、詳しいのですね」

「六年前の騒ぎの時に、言い分だけは散々聞いたものですから。あなたはよく知らないでしょうけど、面白い人ですよ」

 レナは幼い頃から祖父の元で修行をしていたことで、他の家族とはほとんど会っていない。父伯爵さえも、王都で形式的に顔を出さなくてはならない時に会うだけになっている。

 中でも、兄のマチスとは生まれてこのかた数える程度にしか顔を見たことがない。レナの環境に加えて、マチスの事情がこの状況に拍車をかけている。

 決定的になったのは今から六年前。家の指針である魔道どころか、他の何をやっても芽の出ない自分に厭気がさして、マチスが家を出ようとしたことだった。魔道の軍を率いる父の望むように魔道を志すことがなかったことから(強制はしたのだが、長くはもたなかった)、普段から父と息子の折り合いは悪く、これを機にマチスは領地の屋敷で謹慎させられることになる。

 事の起こりからすると、六年にも及ぶ謹慎は長すぎるほどなのだが、アイルの話しぶりでは収まる気配はなさそうだった。

 実のところ、レナは兄のことはよく知らない。どういう人かと訊かれても、説明をするのは難しいほどだ。

 最後に会ったのは二年前。初めて代わりとして王都に行った時の帰りに父に内緒で御者に頼み込んだとレナは記憶している。

 だが、話らしい話はあまりできなかった覚えもあった。

「冗談なのか本気なのかわかりませんけど、とっとと廃嫡してくれればいいのにとあの時は言っていましたね。そんなことをしたら自分が一番困るでしょうに……そうだ、屋敷に行って会ってみますか? ここから近いし、少々の遅れならごまかせますから。
 別にやめても構いませんけれど」

 アイルの誘いにレナは顔を上げた。

 特に会いたいと思ったわけではない。だが、そういう機会は滅多に持てないものである。

 ついでと言っては悪いが、受けさせてもらうことにした。

「お願いしてよろしいでしょうか」

「えぇ、構いませんよ」

 アイルがそう言うと、御者には何も命令していないのに、馬車は軌道修正を始めた。

 バセック伯爵の領地はマケドニアの中でも南東にあたる。山と森が多い土地だが、野生の飛竜の来襲を警戒する地域ではない。修道院と屋敷は馬車で行くにはそんなに距離はないのだが、レナの普段の生活の上では用事もないため、近寄ることもなかった。

 道の凹凸がひどいのかやたらと車内が揺れる中、レナはアイルに質問を飛ばしていく。

「アイル様は、どうしてわたしの護衛をしてくださっているのですか? 普段のお勤めもあるでしょうし、それに……」

 伯爵家の傍系とはいえ、アイルはれっきとした貴族である。そんな人に護衛なんかをさせていいはずがない――そうレナは思っていた。

 訊かれた方のアイルは、わずかに考えた様子を見せたものの、すぐに答えを出した。

「一応、婚約の話は非公式の形で進めています。ですから、盛大な迎えが用意できません。かといって、万一のことがあってはなりませんから、この役目は一般の兵にはつとまりません。……それで、それなりの力量がある者をということで私がつくことになったのです」

 そう言ってアイルは何枚かの羊皮紙をレナに見せた。

「これは……魔道書の紙ですか?」

「はい。普通は魔道書の形としてではないと媒体にはならないのですが、この紙だけで魔法を使うこともできなくはないのです。私は剣も使いますから、魔道書一冊も動きの妨げになってしまうのでこうしています。剣だけで対処できない場合は、これを使うことになるでしょう」

「……剣と、魔道を心得ていらっしゃる……?」

 レナの声色に驚愕が混ざる。武と魔は相反しやすく、そのために両道を成功させた者は極めて少ないからだ。

 超一流とまでいかなくとも、両方をそれなりにこなせるのならば、それは個人の力量として凄まじいものである。

 だが、物腰やわらかなアイルには、そういったことの凄みは全く感じられなかった。

「剣の方は私が好きで扱っていますし、魔道はこの家系の義務みたいなものですから。もっとも、伯父上や私の父にしてみたら、この子供の代の男連中は『不作』というとこになるんでしょうね。私の弟は竜騎士ですから」

 アイルは苦笑いをする。肩身が狭くて大変ですよと見せる割には、楽しんでいるようにも見えなくはない(さらりと言っていたが、武門の家でなく竜騎士になるのはかなり難しい。彼の弟はそれをやってしまったのだ)。

「そういえば、普段の仕事がどうとおっしゃりましたが、私の伯父上の軍の在籍者なので、伯父上からの命令に従うことはごく自然なものです。どうかそちらもお気になさらないでください」

 女性への気配りか、最後に微笑むことも忘れない。不作と自分で言っていても、教育が徹底されているいい証拠である。

 現在走っている道の両脇には農耕地が広がっている。このまま突き進んでいけば、すぐに屋敷に着く。

「通してもらえるとは思うんですけれどね」

 アイルが呟いた言葉は、レナには妙にひっかかるものだった。

「……どういうことでしょう?」

「簡単には中に入れないのです。幸い、今は寛容な人がついているから、大丈夫とは思いますが」

 アイルが言うには、この屋敷は基本的に外からの客を迎え入れてはならないのだという。それは、たとえ家の『お嬢様』であるレナでも通してもらうことはできないらしい。

「そうだったのですか……? わたし、一度ここに行って、すぐに入れてもらえたのですけど」

「それは、運が良かったのでしょう……本当に」

 アイルはしみじみと呟いていた。以前に、散々門前払いをくっていたらしい。

 奇妙な空気を乗せた馬車の窓から、遠目に門らしき物が見えた時、速度が遅くなった。

 少しした馬車が止まり、御者が閂を開けると、アイルは御者にそれ以上のことをさせずに、自分からドアを開けて降りていった。

 その様子を何気なく見ていたレナだったが、不意に黒いもやのようなものが心の中で渦巻いた。

 それが何故なのかはわからなかったが。





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